尾関章

富子は新婚時代を「将軍とは名ばかりの、苦労ばかりの毎日。何事も思うようには事が運ばず、周りの人たちに振り回されるばかり」と振り返る。義政が「悪い夢と思うしかないのだろうか」と漏らすと「あの苦労、あの失敗、あの挫折が、二人には良かった」と応じる。それが義政の懐を深くしたというのである。著者が「はじめに」で書いた「のっぺりとした人ではなく」は、このときに富子が口にした表現だ。 この対談では、富子が山荘づくりの資金繰りを心配している。「山荘造営への幕府からの出費をお断りしたのは、この私ですから」。別居中とはいえ妻、しかもそれなりの権力を手にしているからこその気がかりなのだろう。これに対して、義政は「ものの値段など、あってなきがごとし」「いくらかかるのかは、正直、わからない」と雲をつかむようなことを言う。そして「私はここで、雲になることができる」と、自在に生きる境地を披歴する。 富子が「今まで私に縛られてきたのが、ここに来たら雲の心境になれたと、そうおっしゃるのですか」と突っ込むと、義政はすぐさま否定して「こなたなしでは、私は生きてはいけない」と大人の愛を告白。このあとの場面が「(中略)」とされているのも心憎い。